2015年10月23日

思 い

思い

伝えたかったんだ

 騒がしいことは苦手だという、海馬を意外だって思った。
口から生まれてきたんじゃないのって、何度言いかけたことか。

 もう少しで明日になるという時間帯に、オレは海馬の寝室にいた。
 会社主催のパーティをなんとかこなしてきた海馬様は、ベッドまで辿り着いて轟沈したらしい。ワイシャツ姿で転がっている。
 高校生に酒や煙草の香りをまとわりつかせるなんて、ひどいと思う。それでも12時までに帰ってこられただけましなんだろうな。
オレはピクリとも動かない体から服を剥ぎ取り始めた。

 パジャマに着替えさせて、枕に頭を乗せてやったら突然海馬が目を開けた。
眉間にしわを寄せて、そんなに無理して焦点を合わせなくていいから。
「……来ていたのか」
会えないと思うがって海馬が言ってたのに来ちゃったから、殴られるのも覚悟してきた。痛いのは嫌だけど、仕方がないかと諦めてた。
「黙っているな」
海馬がオレの髪を鷲掴みにして、痛い、ああ、やっぱり怒ってる。
「ごめん邪魔して。もう帰るから」
「今夜は馬鹿でも風邪をひきそうだが」
確かに風が冬みたいに冷たかった。
あれ?それほど怒ってないか。じゃあ言っとこう。
「メールもしたけど、会って言いたかったんだ。
誕生日おめでとう、海馬。オレの用はそれだけだから」
 掴まれてた髪をほどこうとしたら、腕ごと取られてベッドに放り込まれた。
海馬が顔を見せてくれないんだけど、もしかして照れてる?
「それだけなのか」
「誕生日プレゼントは隣の机の上に置いてある。見る?」
とはいえ薄給の中からだから、そんなたいしたものじゃないけど。取りに行こうかと身じろぎしたら、海馬に後ろから羽交い締めにされた。
「明日見る。貴様は勝手に動きすぎだ。オレの祝いに来たというなら、今日は大人しくしていろ」
5分経ち、10分過ぎ健やかな寝息と共に拘束する力も弱まっていった。
 布団を掛けてやりたいけど、動くと起こしてしまいそうだ。
空調のきいているこの部屋でなら、寒くはないだろう。
 たまには抱き枕になるのも悪くはないかと、オレも目を閉じた。



幸せというものは

 胸の内が温かくて目を覚ました。
すっきりとした良い気分だった。
 腕を動かしてみたがそれほどしびれは感じない。
頭を引き寄せてみようと覗き込むと黒髪が視界に入った。
「モクバ」
小さく声にしたつもりだったが弟はすぐに目を開けてしまった。
「おはよう、兄サマ」
「おはよう」
 動揺しないで声にできただろうか。
モクバは目をこすると、ふわりと笑って胸にもたれかかってきた。
「もうちょっと、こうしてていい?」
 早くに帰したとはいえ、夕べのパーティは疲れただろう。オレが立ちまわれない分をモクバが引き受けていてくれた。頭を撫でてやると、肩の力が抜けていくのがわかった。
 小さく嘆息する。さて、あの馬鹿は帰ったのか?代わりにモクバを連れてきたのだろうが、いきなはからいをと喜べとでもいうのか。……うれしくなかったとは、まあ言わないが。
 すると控えめにドアを開ける音がした。
音を立てずに近付きたいのか、ゆっくりとした足取りがおかしい。起こさないように気を使っているつもりなのだろうか、ベッドの近くまで来て止まってしまった。
多分オレの顔は見えない位置にある。
さあどうする、凡骨。



悩ましい

 海馬の寝室のドアをそっと開けて、ベッドの上の光景に頭を抱えたくなった。
今海馬の腕の中で寝息を立てているのは弟のモクバだ。

 思ってたより早く目が覚めて、朝食堂にいたモクバに声を掛けたのはオレだけど。敵……じゃないんだけど、塩を送っちゃったみたいで悔しい。
 そりゃ海馬は起きなかったよ、2人で声を掛けてもさ。
 別にさっきまで海馬の隣に、腕の中にいたのはオレですなんていってない。布団も掛けといたし。
でもさぁ、何もそこに入ることないじゃん!まさかお兄サマの寝てる胸元に入ってくとは思わなかった。
もしかして普段からこんなにスキンシップ過剰なの?

 じーっと見てたらモクバを抱えてるのと反対の手が、掛布の端に出てきた。来い来いって枕元に呼んでるみたいだったから近付いた。刺すような視線が、心臓に悪いんだけど。
 何か言えって海馬の目が訴えかけてくる。
でも怒ってないし、起こせって催促でもないような。確か今日は忙しくはないはずなんだ。
 ああ、じゃあもう、これでいいかな!
 オレは布団をそっとめくってモクバの反対に滑り込んだ。海馬の首筋に顔を埋めたらちょっと体を強張らせたけど、気力で持ち直したみたいだ。昨夜は全然海馬を堪能してないから、これくらいいいよな、モクバ。
 背中から伺ってみるとモクバはまだゆったりとした寝息をたてているのがわかった。……実はただ眠かったのかな?海馬がゆっくりしてるなんてこと、めったにないもんな。甘えたくもなるの、わかる。オレも嫉妬してたなんて恥ずかしいし!そういうことにしておこう。
 だいぶ考えが落ち着いたので抱き付いてた海馬から体を離して、サラサラとした茶色の髪を梳いた。オレと違っていつも整えられてるその髪は手触りがいい。気持ちが良くてずっと触っていたくなる。海馬もこれは嫌がらないからしばらく撫でていた。
 オレが空けた隙間にゆっくりと海馬は横に転がった。
 上を向いた海馬と、ちょこっとだけ目が合った。まだ眠そうだけど、もしかしたら笑ったかも。……手の平を握ったら、握り返してくれたからそんなに間違えてはいないみたいだった。



両手に花ではないけれど

 部屋に入ってきて何をするのだろうかと思えばじっとこちらをうかがうだけだった。凡骨に期待するほうが間違っていた。
 オレは気が長くはない。……何を手にしている様子もなかったので顔元に呼びつけた。

 モクバを抱えているために斜めに見上げることになったが、あいかわらずまっすぐに見返してくる。目をそらさないからおかしなケンカをふっかけられるのだ。少しは学べ。
 話がずれた。何かこの状況について説明はないのか、凡骨。
 幾度か瞬きをしたあと口を開きかけたかに見えたが、急にベッドの中に潜りこんできた。オレは動けない。首筋に息を掛けるのをやめろ!くすぐったいだろう。匂いを嗅いでどうする。怒るか?と思い始めた頃に、少し体を離して隣に横になった。
 これ以上何もしないなら……いや頭を撫でるのは反則だ。ぼんやりしてくる。また眠くなってしまうだろうが。そうか、思考がまとまらなくなるから、やめろと言ったことがないのだろう。
 薄く目を開けると金髪がちらちらと揺れていた。金髪と琥珀の瞳がよく似合っていると思っているが、褒めてやったことがあっただろうか。誉めるというのはおかしな表現か。
 城之内に触れられ、急に息を止めたり大きく吐いたりしても、モクバの呼気に乱れはなかった。深く眠っているらしい。……もしもこれが狸寝入りだというならば、城之内に意識を向けてもかまわないととっていいのだろうと解釈した。
 モクバを腕から離して天井を向いた。オレを撫でていた指が止まる。視線が絡まったが話し掛けてはこなかった。
 オレはおはようと声を出そうとして、やめていた。
 右も左も温かくて気分がいいのだ。もう少しこのままでいたい。ゆったりとした朝を過ごしても咎められはしないだろう。この家の執事は優秀だ。用があればすぐに迎えが来るだろう。
 
 左手に何かが触れた。城之内の手か。オレと同じくらいの体温が落ち着く。
 眠気に逆らいながら右側をそっと探るとモクバの両手があった。こちらはだいぶ温かい。起こさぬように軽く手の平を重ねた。
城之内に渡した左手には力を込めた。
 右と左から流れ込む温かさに、心まで温かくなる気がしながら目を閉じた。


20151023
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2015年04月26日

ドームシアター

招待券を貰ったから行こうと持ちかけられた。予定が立たないと言っても耳に入らないらしい。一方的に候補日を幾つか挙げられ、連絡を待ってると明るい声で通話は切られてしまった。
城之内はたまにこんなことをしてくる。計算しているわけではないからたちが悪いと海馬は眉間に皺を寄せた。
その施設の名前には聞き覚えがあった。時流に逆らうかのように、現地で当日の朝に指定回を申し込む予約方式をとっていることと、シアターの内容に興味を持ったことを思い出した。
社会人になってからというものすれ違うことが多くなった。そうならないように会うのは屋敷が良いだろうと伝えたことがある。それならばもっぱら約束を破りがちな海馬でも連絡がつけられる。
ところが城之内はたまには昼間に外で会おう、デートをしようと照れながら笑うのだ。それに逆らえないでいることを海馬は認めたくなかった。
都合がつくと伝えたら早朝に出掛けて約束に間に合わないかもしれない自分を待つのだろうと想像に難くない。デスクに肩肘を付きながらスケジュールをチェックする頃には柔らかな表情に変わっていた。

シアターの入る建物は臨海地区の体験型教育展示施設群のひとつだった。公園の中に意匠を凝らした建物が点在している。宇宙をテーマにした施設の目玉は吹き抜けに浮かぶ地球儀だった。球体の表面にディスプレイが敷き詰められていて様々な映像を映し出すことができる。

海馬がなんとか都合をつけられた日は、小雨混じりの春まだ遠い祝日だった。午後からしか空けられなかった。
城之内はどう時間をつぶしたのだろうと考えたところで、吹き抜けのエントランスに佇む姿が目に入った。ダウンパーカーにジーンズで手袋もしていない。
声を掛けるまで気付かなかった。こちらを見て驚きの表情で固まっているのがおかしかった。
人混みに紛れ込めるように、髪色を隠す帽子とダークカラーの眼鏡を掛けてきたのは正解だったらしい。
ドームシアターは科学教育施設の中にある。親子連れで賑わうここで目立つことは避けたかった。
そういった諸々にようやく合点がいったらしい城之内は、照れ隠しに金の髪に指を挿し入れながら、疲れも見せずに満面の笑みを浮かべた。
混雑した場が和み視線が留まるのが海馬にはわかる。相変わらず邪気のない笑みは人を惹きつける。
城之内が目立つほうがこちらに注意が向かなくて良いのかもしれない、そう思っていると、肩を掴まれてエレベーターへと向かう道すがら愚痴られた。
「オレも変装してみたかった」
Pコートにコーデュロイのパンツは世間一般の海馬瀬人のイメージからは離れているかもしれないが。
「変装など却って目立つのではないか」
城之内は落ち着いた物腰を身につけたほうが変装をするより効果があるだろうと言ったら、思案顔をした後に
「わかった。それじゃぁかい……、瀬人は若者らしくはつらつとした動きを頼む」
そう言って笑いを噛み殺した。なんだそれはと尋ねてみれば、二人とも落ち着いてたら悪目立ちするだろと減らず口で返された。

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シアターの上映時間には余裕があった。
最上階に近いその場所へと移動途中のエスカレーターで、城之内は海馬に昼食はとったのかと尋ねた。
まだだと答えが帰ってきた頃に、カフェテリアの側を通過した。
「調べたらここ飲食店一軒しかないっていうから。ほらまだ混んでる。その代わり持ち込みOKでカフェスペースは広いんだって」
背後に見えるカフェテリアからは良い香りが漂っていたが、列ができていた。
その階をいくつか過ぎてテーブルが並ぶ開た場所へと足を運ぶ。
エントランスの上にあたるらしい場所で、大きなガラス窓からは周囲の公園の景色が一望できた。ランチタイムを過ぎていたからか、休憩にと座る人々が見受けられた。
城之内は席に着くよう促すと、トートバッグから紙袋を取り出した。中身は城之内のお手製サンドウィッチだった。
次いでバッグから取り出された水筒から温かい紅茶が用意されるにいたって、海馬はどんな表情をしたら良いのかわからなくなった。いつからこんな細やかなことをするようになったのか。
「何を難しい顔してんの。ボトルは普段会社に置いてあるんだけど、間違えて持ってきちゃったからあっただけ。あ、でも中身は奮発した。今日はローストビーフ」
疑問がそんなにあふれていただろうかと思いながら、口をつける。バケットサンドは肉と野菜のバランスが絶妙で美味だった。
「おいしい」
「良かった」
海馬は色々と考えるのはやめにして食事を楽しむことにした。それが提供者への礼だろう。
「ハンバーガーにナイフとフォークって言われた頃もあったなぁ」
海馬がサンドウィッチを頬張っている姿を見ながらのんびりと城之内が言った。
変化があったのはお互い共にらしいと気付かされて心の中で苦笑した。
ローテーブルにソファーの席に並んで座っていた。外は薄曇りだったが、緑の中を点在する建物が見えていた。普段見る街の屋根はなく、くつろいだ気分になった。

「実は待ってる間に一回体験してみました」
悪戯を見つけられた子供のような顔で城之内が話し出した。チケットは数枚貰ったのだと言う。
「どうだった?」
海馬の問いに複雑な目の色をした城之内がいた。周囲に人がいないのを確かめると口を開いた。
「世界のカイバサマ連れて来ちゃって良かったかなぁって悩んでたんだけど、全然違ってて安心した」
「そんなことを気にしていたのか?プラネタリウムだろう?」
ソリッドヴィジョンと比べているのだろうとわかったが、投影方式がまったく違っている。
「うん。でもそっちの技術でやったらもっと凄いのができちゃうのかなって。きっと星雲の中に入ったりできるよな。ここのはそりゃぁ星が降ってくるみたいにきれいだけど」
「城之内は星に触れてみたいのか?」
「小さい頃天の川掴んだりしてみなかった?オレだけかな」
海馬の技術を使い遊園地等で様々な体験ができるようになっていたが、星のプログラムはなかった。
「手のひらの中で星が光ったら、オレはうれしいな」
ソリッドヴィジョンシステムは主にライド、搭乗型で使われていた。デュエルディスクのように装着するタイプはまだ少なかった。
「星を掴んで、手の中で生まれるところから消えるところまでを見られたら楽しいか?」
「スーパーノヴァとか見られんの?!見たい!」
海馬はふむと考えた。一部生化学の分野では使われ始めていたが、この方面からプレゼンを受けたことはなかった。膨大なデータ量を扱うのにKCは慣れている。たまには自社開発も行なってみようかという気になった。
城之内は海馬が取り合ってくれたことがただうれしかった。

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入場は開演の15分前からだった。
詳しく聞くと海馬は仕事で館長など役職者にあったことがあると知り、目立たぬよう5分程前に着席した。混雑時は偉い人間も現場を見に来ているかもしれないと、城之内は気が気ではなくなってしまった。
「落ち着け。今声を掛けられていないなら大丈夫だ」
「……そうだな」
城之内は席に深く座り直し大きく息を吐いた。アナウンスの案内に従いリクライニングのレバーを倒すと身体が倒され視界がぐんと開けた。シートがゆったりと作られていて隣の席も気にならなくなる。
照明が落ちると海馬は帽子と眼鏡を外し、プログラムの解説が始まるのを待った。
進行のため館内の照明は最小限に落とされていた。けれど不思議とあたたかみを感じる闇だった。観客の期待が高まっているせいだろうか。
城之内の肘を軽く叩くと腕が差し出された。手を握るとぎゅっと力強く返される。
海馬は余計なことに気を取られないで、星の世界に浸りたくなった。それが手のひらを通じて城之内へ届けばいいのにとも思った。
落ち着いた音楽が流れて宇宙全体が示される。様々な銀河を経て太陽系の成り立ちが紹介された。球体が現れ地球の形になる。地球上に人類が生まれてからほんの瞬きにも満たない時間しか経っていない。現人類の活動足跡は光が示してくれる。太陽が当たっていない地域は都市の光で輝いている。光の輪で繋がった地図、その中でも一際明るい縦長の島は日本の形をしていた。一瞬の暗転の後満点の星空に包まれる。春の星座は天の川に埋もれるように控えめに輝いていた。

「……少し寝ていただろう」
「…っ、わかった?」
とはいえ海馬は本気で怒っているわけではなかった。手の力が弱まったのは、ほんの数分だった。早朝から準備をしてくれたことはわかっている。
「瀬人の手、気持ち良かったんで、つい」
シアターから下りのエスカレーターに乗っていた。大人が並んで5-6人は乗れそうなエスカレータに人影はまばらだった。隣接する大階段の向こうのガラス窓の外はだいぶ日が落ちている。
閉館までは時間があったが常設展を見学しようという話しにはならなかった。
海馬は城之内はこのあとどうしようと考えているのだろうと、のんびりと笑う横顔を伺った。
どちらが話しを振ることが多いだろうか。普段は気にもとめていなかったことに頭を悩ませていたせいか、話し掛けられないでいた。
外に出ると雨は止んでいた。
「瀬人、明日は早い?」
まだ会場近くだったためか名前で尋ねられる。それもやりにくい一因かもしれない。
「いや、それほどでもない」
「んじゃ、どっかで飯食ってこう。この辺と家の近くとどっちがいい?……そうだ、ここまで何で来た?」
今更な質問に海馬は喉奥でくくっと笑った。普段の皮肉屋な一面が表に出るが、まだ目立たぬように気を張っていたので腰に手をあてたりはしないよう気をつけた
「車で送ってもらったから、帰りはどちらでもいいぞ」
城之内は海馬の無理をした仕草に笑いたくなるのを堪えていた。ついで海馬の全身へ目を走らせると改めていつもと印象が違うと感じた。なんとなく地味なのだ。勉強熱心な理系の大学生がおしゃれをしてきたといえば良いだろうか。
「ここに来る人はマイカーかバスが多いみたいだけど、せっかく変装してきてくれたから、ちょっと離れてるけど電車に乗って街に出よう」
手を取って駅へと足を向けた。
「城之内、手は…」
「もう暗いし誰もみてないって。あったかいな瀬人の手」
「名前……」
「なかなか新鮮で、癖になりそう」
控えめに照れる海馬というのが珍しくて調子にのった城之内だったが、家に近付いたら普段に戻すよと言う。
「克也、今日は楽しかった。別にそのまま呼んでいてもいいぞ」
海馬の反撃に一瞬目を瞠ったが、予想の範囲内だったので城之内は声を出さずに笑顔を見せる。
それに笑うなという声が小さく続いた。
「瀬人って普通の格好もできるんだな。またやってよ」
普段と何が違うのか実のところ海馬にはわからなかった。人に指示を出して用意をさせただけだった。けれど城之内が楽しげだったので考えておくとこたえた。
駅への道は海風が強かったが、手をつないだ分だけあたたかかった。
「今晩は曇ってるから星見えないなー。海馬……、瀬人の作ってくれるシステム、楽しみにしてる」
「まだ面白いと思っただけだぞ。…フルネームで呼ぶな… 」
「聞かれてたら今日の苦労が水の泡になるとこでした。
瀬人、ちょっと良い?」
城之内は周囲に人気がないのを確かめると眼鏡で隠された海馬の瞳を見上げた。足を止めると後頭部に手を添え引き寄せてキスをした。風に濡れて冷たい唇を割ると熱い舌が待っている。舐めて吸って絡め取って、海馬から溢れかけた唾液をゴクリと飲み込んだ。お互いの息が上がって来た頃にようやく海馬を解放した。
「一週間分の瀬人をチャージした感じ」
城之内は腕の中に海馬を抱えたまま満足げに言った。
「身体も暖かくなった」
「……」
「え、たんなかった?」
「外では軽めにしろと……」
「忘れてた……反省する!でも我慢できなかった。眼鏡って意外と邪魔にならないのな」
苦笑まじりにこたえられて海馬は文句を言うのも面倒になった。頬の熱がなかなか覚めなくて困らされた。
「今度はそっちに遊びに行くから」
一度ぎゅっと抱きしめるとまた手をつないだ。今度は反対の手を重ねてみる。
「何か意味があるのか?」
「ないけど、どうせなら両方あったかくしておきたいかなって」
楽しげな口調だった。屈託のない城之内の様子に今日は負けだと認めると、それ以上話しをするのを諦めた海馬だった。



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2014年02月27日

甘く見ていた 2

2月14日金曜日  23:30
2人で鏡の前に立っていた。
トレーナより裾の長いデザインで、くるっと回ってみると背中にはうまく尻尾まで入れてある。
「こうして並ぶと、海馬顔ちっちぇ。オレも小さい方なのに」
城之内はフードから黄色い前髪が飛び出ているので、動く度にレッドアイズの口が動くようでおかしかった。
「また笑ってるし」
ぶすっとした顔がおかしい。
「さて、歯を磨くか」
そのためにバスルームの洗面台の前にきた。流石に邪魔なのでフードは下した。
虫歯は唾液でうつる。城之内にはきちんと歯を磨けと言ってある。
電動歯ブラシなので終了時刻は同じ。…筈なのだが、なぜもう、うがいをしているのか。
口元を拭うと先程の紙袋を覗き込んで、何かを持ってきた。
「海馬ちょっと足あげて」
その言葉を無視していると、腰を抱え宙に浮かされパジャマを下ろされた。
「このままでもいいんだけど、せっかくだからお揃いにしよう」
人の足をするする撫でたかと思うと、今度はジャージを履かされた。
やめろ。履かなかったのはなぜか理由を言っただろう!!
「確かに短い」
歯磨き途中を狙うのは卑怯だ。腕から逃れて、うがいをする。
「でもかわいいじゃん」
何だと?こいつは何を言っている?
「この服横から見ても柄が繋がってるから、ブルーアイズの足が動くようになった」
ニヤニヤと笑いながら、剥きだしのふくらはぎや、くるぶしを撫でてくる。
「海馬の足も白いから、おかしくないけどなぁ」
上着のように裾が切りっぱなしのデザインなら良かったのだが、なぜか足元だけゴムで縮めてあるために、オレが履くとふくらはぎの途中という状態になる。
ぬるっとしたものが触れていった。ぞくぞくするのは気持ちがいいからではない。
「城之内、いいかげんにしろ」
「そんな顔を赤くして言われても。けっこう、ここ弱いくせに」
そんなことはオレにはよくわからん!顔が赤いとしたら、うがいをするまで息を止めていたせいだ。頭に来たので、顔を踏みつけてやった。
凶暴だな〜なんて声が聞こえたが、無視してベッドに入った。
城之内が潜りこんで…なんだ、なぜ腹を触る!
「何をしている」
「や、触りたいから」
「馬鹿者。ブルーアイズとレッドアイズに見られるだろう」
そう、この2つの龍に見られながらする気はない。ん?城之内の手が止まったな。わかったようだ。
「か、海馬、それ本気」
「そうだ」
諦めたのか、城之内が隣に横になった。
理解したなら頭でも撫でてやろうと手を伸ばしたら、黄色い頭が熱い。顔ももちろん赤い。冷えのぼせか?
「海馬はさ『YES・NO枕』とか知ってる?」
「なんだそれは」
「うんそれならそれでいいんだ。海馬はこの服を着ている時はしないんだな?」
「そうだと言っている」
「わかった。寝る!」
話は終わったらしい。城之内もバイトまで少しは寝た方が良いだろうと思うので、オレは静かに従った。

2月14日金曜日  23:50
早い。いつも思うけど、海馬は寝つきがいい。
オレはドキドキして眠れません。
海馬君は時々ひどく、ずれていて、かわいくてたまらないです。
このパジャマは、いつも風呂場に常備してもらおう。
疲れててできないぞって合図に使えるというのは、何と説明してあげた方がいいんだろう?
ああそうか、これだと『NO』の方しかないのか。
………いっそ放っておいてみようかな!オレだけが着てても『レッドアイズに見られる』ってできないんだろうし。
それ、楽しいかも!海馬君がやる気満々のときに着て、試してみたい。
サイテーな下種野郎かなぁ、オレ。
でも海馬って口には出さないけど、目では誘ってきたりするから。
いつもオレだけがやりたいばっかりみたいで、ズルいと思っていたところもあるんだよな。
意地悪だからわざとかと思ってたけど、口下手なのかな?そういう部分だけ、もしかしたら…。
隣から聞えてくる安定した呼吸音に誘われて、いつの間にか意識を手放した。

2月15日土曜日  1:30
サイドテーブルに置いたスマートフォンの振動で、目を覚ました。
城之内を起こさないようにそっとベッドから下りて、窓の外を覗いた。
今はちらちらと降っているだけだが、雪の勢いは減らなかったらしく、庭の木々が真っ白に埋もれている。
かなりの降雪量となった景色に、オレはやっと帰宅したときのイラつき感がなんだったのか理解した。
城之内とモクバのスノーウエアは、出張先でオレが買ってきたものだった。
雪の中でトレーニングできるスポーツ用品。滑らずグリップがきいた軽い靴。スノーカバー。発熱素材のインナー。汗は逃して、水は通さないアウター。
もちろんモクバには先に渡していた。オレと城之内の分があることも知っていたから、部屋から持ちだして雪遊びに使っていたのだろう。
黄色い頭の犬が、それをさも当然のように着こなしていたから腹がたったのだ。
……小さい。オレは城之内と付き合うようになってから、心が狭くなった気がしてならない。
手ずから渡せなかったことに対して怒っていたとは、口が裂けても言いたくない。
モクバが心底楽しそうに雪遊びをしていた。それに礼を言いたい気持ちもあるというのに。
そっと隣の部屋に向かい、用意しておいた自分の分に着替えた。

2月15日土曜日  1:40
そろそろ起きないと、と思い海馬を起こさないように抜け出ようとしたら、隣は空だった。
いた形跡はあるなと思っていたら、部屋のドアが開いて、コーヒーのいい香りがしてきた。
途端にぐうっと鳴った腹の音に海馬が笑っている。
恥ずかしいけど、いい笑顔だな。それが拝めるならいいやって思った。
トレーの上には軽くつまめるサンドウイッチものっている。温かいスープも。用意してくれたのかな。
サイドテーブルに置きながら、そろそろ時間だろうと言ってベッドに腰掛けた。
ありがたくぱくつきながら、海馬の服の違和感に気付いた。
スポーツウエアだよな。昨日オレが雪の中で着ていた服に似ている。上着を着てないからはっきりしないけど、色が違うような気がする。
海馬のを貸してくれてたんだと思ってたんだけど、違ったのかな?
オレがじっと見ているのに気が付いたのか、海馬から説明があった。
「昨日の服はお前にやろうと思っていたものだ。雪の中でも動きやすかっただろう?」
はい、とても動きやすかったです。海馬君のは、青っぽい白にブルーがメインでアクセントに黒のデザインで…。
オレが着ていたのは、白に赤と黒だったかもしれない。
「何をほおけている。隣に乾かしてあるから、さっさと着替えてでかけるぞ」
歯磨きは免除してやると言って、コーヒーを飲み終えたオレは隣の部屋に連れて行かれた。
手渡されるままに着替えていったけど、海馬はなんで同じ格好をしているんだろう。
同じブランド、色違いだと思う。色違いはペアの範疇外でOKなのかな?スポーツウエアはそんなこと関係ないか?
もういいや!海馬スタイルいいし、かっこいいよ!
オレの中でペア発言は黒歴史なので、早く忘れて貰いたい。いつか言う!!
「海馬はどこに行くの」
本当にわからなくて聞いてみる。配達所まで送ってくれるのはあってるような気がするけど。
「決まっているだろう。配達所だ」
ああ、やっぱり。でも車に乗せて送ってくれるだけにしちゃ重装備だよな。
手袋をして靴を履き、車寄せの所で初めて、雪の量に驚いた。腰近くまである?!
海馬にヘッドセットとヘルメットを渡された。
「後ろに乗れ。一緒に配ってやる」
バイクのようなものに海馬はもう跨っていた。
『ダイハード2』でしか見たことがないけど、これはスノーモビル?!
豪快なエンジン音とともに、高らかなワハハハハハという声を、背中にがっちりつかまりながら聞いていた。

2月15日土曜日  2:00
「あら!城之内君」
多分城之内がおばちゃんと呼んでいる配達所の女性が、現れた奴を見て驚いている。
オレは少し離れたところに停めていた。
この雪では新聞配達が行われるのか、という疑問もあったためだ。
配達所の中に人が少ないように思えるが、自転車とスクーターにチェーンを巻いているところを見ると、出発するようだ。
先程まで降っていたために、アイスバーンにこそなっていないが、膝迄ある雪の中を自転車で進めるものなのだろうか。
そんなことを考えているうちに、城之内が近くに来ていた。
「海馬、今日仕事は何時から?」
「社に出なくても平気なようにしてきてある」
城之内は上を向いて話していた口を一瞬ぽかんとあけて、眩しそうに笑った後に、頼んでいいかと聞いてきた。
「やっぱり人数足りてないみたいで、そこもカバーしてあげたいんだ。オレが昔配ってた地域だから、一緒に回ってくれる?」
頷くと、地図を確認して欲しいと明りの元に連れて行かれた。
住宅街が多いので、この時間なら新雪のままだろうと思われた。この車体にはうってつけだろう。
ヘルメットを外して地図を見ていたが、フェイスガードを取らなかったので誰かは気付かれなかった。もちろん、それどころではない状態だったが。
一方通行等のルートを把握している間に、城之内は名簿を見直し濡らさぬようにしまっていた。
新聞の電子化も進み、そちらの読者へと変わった者が多いかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
城之内はいつもの3倍だという新聞を詰め込んで背中に捕まった。

2月15日土曜日  2:30
雪はやんだとはいえ、風の冷たさが半端じゃなかった。
前にいる海馬はもっと大変だと思う。でも、海馬、頼むから言うとおりに走ってくれ。
少し口論した後、海馬が車体を停めた。
「自転車の道では、道交法無視で走れない。番地で言ってくれれば、それでわかる」
「普段は日本の免許ないのに、車乗ってんじゃんか」
はやる気持ちが抑えられず、つい言ってしまった。
海馬は怒りもせずじっと目を合わせてから口を開いた。
「車も少ないだろうしな。事故には合わないだろう。載せているのが商品でなければ、多少の無茶は構わないが。それをオレにしろと言うのか」
海馬の言うことはもっともだった。慣れない雪道に、いつもより多くの朝刊。
「この天気だ。多少遅くとも怒る者は少ないだろうが、届かないと困る者はいるだろう。効率ではなく、確実に回る方が大切ではないのか。
頭を切り替えろ。城之内」
不覚にも、ぐっときて泣きそうになった。社会人…社長なんだと、差を感じる。
落ち込むより、今は海馬の言葉を実行するべきだと思った。
「わかった。細かい番地はわからないけど、信号機とかでも行ける?」
「建物や道路名でも構わん。近付いたら指示してくれ」
最初に行きたい場所を伝えると、海馬はスノーモビルを発進させた。
暴走族の改造バイク並みの爆音を轟かせながら、配達を再開した。

2月15日土曜日  5:00
城之内の昔の受け持ち地区は、建売住宅が多く、細い道に行き止まりがいくつも伸びているような場所だった。
しかたなく太い道で待機していることになった。
いっそスキーの方が良かったのだろうかと考えたが、話題にしたことがなかったと思い出す。
先程は正論ぶって話してしまったが、スノーモビルには、自動車の免許が必要だ。
これは剛三郎がいた頃に発売されたものだったから、まだ公道を走れるタイプでナンバープレートもあるため、余計なことを聞いてくるものはいないだろう。
モクバが乗りたがっていたから廃棄しなかった。メンテナンスが行き届いていてよかったと思う。
戻って来た城之内の手に何かが握られている。
「久しぶり、ありがとうって、干し柿とか大根とか色々貰った」
城之内の顔に笑顔が戻っていた。
全て配り終えると配達所近くで降ろし、オレはそのまま屋敷に進路を取った。
道路に車が多くなり、雪が荒らされると走れなくなる。悪いが、屋敷までは徒歩で帰ってきてもらおう。
1人になり、新雪の上を走るのは爽快だった。カーブを攻めるのが楽しい。人を引いてしまう訳にはいかないので、信号を待つのが残念だった。まだ滑れる時期だ。どこか雪山にでも行ってみるかという気分になる。
信号で止まる度に香る、複雑な物たちの正体が気になった。城之内が各所で受け取った土産の半分を背中に背負っている。帰ってきた城之内にならわかるのだろうと、考えないことにした。
「お帰り、兄サマ」
戻るとモクバが玄関で迎えてくれた。この爆音に気付いたのかもしれない。
「起こしてしまったか」
「違うよ。あんまり静かで、外を見たら雪が凄かったからさ。誰も歩いていないところを歩こうかなと思ってたんだ」
見れば夕べと同じく、雪対策をしている。
「兄サマさっきのって、スノーモビル?」
「ああ。乗ってみるか。まだ外にある筈だ」
モクバがにこりと微笑んだ。子供用のヘルメットの用意と、しばらく外に出る者がいないように指示を出しながら、車止めまで戻った。
先にモクバを乗せて、体重をオレと同じ方向に倒すように教えた。
エンジンを掛け、しっかりと腕を回させた。屋敷の中の障害物は覚えているし、飛び出しを気にすることもないので、加速をつけて走ることができる。
一周して戻ってくると、モクバは顔を赤くしていた。
スピードを出し過ぎたかと尋ねると、それは平気だったと言う。
「兄サマの背中、お酒みたいな香りがしてて、ちょっと酔っちゃったかも。あれ、そういえば城之内は?」
「そのうち、帰ってくるだろう」
酒臭いとは?何を持たせた、城之内。
自分では慣れてしまって匂いがわからない。
モクバはもう少し探索するというので、警護を呼び後を任せた。

2月15日土曜日  7:00
戻って来た皆と鍋をつついて、雪道を登って歩いて50分強。やっと戻ってこれた。
無事配達できたのも、海馬のおかげだ。早く礼を言いたかった。
ただ今戻りましたと、守衛さんに門を開けて貰った。門の周囲はもう除雪されている。
ここからもかなり距離があるんだよなぁと思っていたら、なぜか見慣れた自転車が用意されていた。
雪まみれで車に乗るはずがないってわかってて、手配してくれたのかな、とつい顔がほころんだ。
門から建物迄の道も除雪されていて、さすがといった感じだった。
居間、食堂と覗いたら、朝食を食べているモクバがいた。
海馬がいないなら部屋だろうと思い、挨拶だけで2階へ行こうとした。
「城之内」
ひっかかる言い方だ。振り返ってモクバを見た。
「多分兄サマ機嫌悪いと思うぜぃ」
「オレなんかしたかな?」
「匂い。城之内からもちょっとしてる。袋を預かった厨房も嫌そうにしてた。確かめてからの方がいいんじゃない?」
一向に思いつかないけど、貰った土産に何か入ってたのかな。配達所ではおかしなものは、なかったように思うけど。
「海馬は飯、食べたのかな」
「多分…」
そう言って首を横に振った。
確かに機嫌が悪そうだ。厨房も気になるけど、この格好では入れない。
「モクバ、風呂貸して」
一瞬考えた風だったけど、納得してくれたみたいで、食事を終えて側に来てくれた。
「あんまりうまく言えないけど、酒と魚の混じったみたいな」
何ですと!そんなヤバイ香りを海馬に付けたっていうのか。
「服はテキトーでいい?」
「モクバ、ありがとう」
頭を撫でてやりたいけど、触れないから、せめて笑顔で返した。

2月15日土曜日  7:30
「海馬?!」
「大きな声を出すな。オレがどこにいようと自由だろう」
厨房のドアがノックされたのでドアを開けたら、頭にタオルを巻いてシェフの格好をした城之内が立っていて、こちらが驚かされた。
行動はすべてわかっていた。城之内はヘッドセットをウエアの胸ポケットに入れたままだったからだ。
モクバが言っていた魚というのも気になって、先にシェフと中身を空けていた。
干した大根(沢庵だそうだ)、干し柿、金柑、銀杏、瓶詰のジャムとキムチ。
そして密閉パックに入っていた、干した魚と黄色の液体。この密閉部分のしまりが甘かったらしい。他の物にも少量液体がかかっていた。
「焼いた干物と、黄色い…酒かな。これが匂うの?」
馬鹿め。酒はたんなる老酒だ。
2重に手袋をはめたシェフが魚を取り出し、皿に載せ城之内に手渡した。
顔を近付けると、ううっと唸っている。
「魚が臭い!」
オレは冷笑を浮かべながら、説明をしてやった。
「くさやだからな。お前のために食べやすく酒に漬けてくれたようだぞ」
密閉袋に、達筆で言葉が添えてあった。惜しむらくは、老人のジッパーをしめる力が弱かったことだろう。
元から担当をしている地域で、最初に回り、上に物が乗っていったことも残念だった。
「これ食べ物の匂いじゃない」
城之内から皿を受け取ると、シェフは魚の身をほぐし始めた。
茶碗に飯をよそい、ほぐした身とともに盆に載せた。沢庵と味噌汁も添えてある。
「食べても問題はないそうだ、城之内」
犬は待てと言われてもいないのに、盆を前に箸だけ掴み低く唸っていた。突然決意したように、干物の大きい身を口にほおりこんだ。
ごくりという音が響く。
「熱、喉の奥熱い、水くれっ」
手渡すと、ごくごくと飲みきった。
「皆から愛されているな、城之内」
笑いながら声を掛けると、困ったような微妙な顔で、うんと答えた。…城之内にしては珍しい反応だ。
「味はわかったのか」
「酒と生臭いのしかわかんなかった」
シェフが水に浸けておきましょうかと提案した。酒が確かに強すぎるようですとも。
城之内がじっとオレを見ていたので、なんだと聞いてみた。
「服の匂い、落ちなかったらごめん。…海馬も食べてみる?」
先に謝られたら、善意(老人の、だ)を無下にはできなくなるではないか。しかし、こいつは計算した話術の持ち主ではない。
新たに盆を用意されそうになったがそれは断り、箸だけ受け取って魚の身を口にした。
確かに最初に感じる酒の味が甘辛くキツイ。それが過ぎると塩辛のような香りで魚の触感だ。ゆっくりと咀嚼して、白い飯を一口食べた。
「酒は無い方がいいが、魚の味はわかった」
「海馬は平気なのか?!」
やり取りを見ながら、シェフは夕食を和食にしましょうかと提案した。
銀杏も金柑も、立派な物だそうだ。沢庵も手作りにしかない味わいがあると。
城之内は沢庵をつまんで、うまいっと声を上げていた。奴が来る前に口にしていたが、素朴な味でおいしいとオレも思っていた。
ふと気付くと、味噌汁と沢庵で茶碗を空にしていた。
「それじゃ、魚のことはお願いします」
ぺこりとお辞儀をして、城之内は出て行った。
「瀬人様、朝から召し上がっていなので、差し出がましいですが用意させていただきました」
シェフの後ろにワゴンが見えた。なるほど、先に下がった理由はこれか。
部屋に運んでくれるように告げて、厨房を後にした。

2月15日土曜日  8:30
先に海馬の部屋に来てしまった。
気のせいか、荒れてる感じがする。
海馬は仕事机の上の配置、ずれてる時はよくないんだよなぁ。直しても怒られるだけだから、そのままにしておくしかできない。
部屋にいるのも辛くて、ベッドの上にうつぶせに転がった。
今日は海馬が凄くかっこよかった。
配達所のみんなも、助かったって言ってた。
オレだって、いきなりスノーモビルが現れたら驚く。
だれだれって聞かれたけど、友達としか答えようがなかった。
オレが女だったら、彼氏って言えたのかな。
でも海馬とじゃ、女だったら接点ないだろうなぁ。あの細かい性格にも耐えられない気がする。
海馬は何かを運転しているときがかっこいい。自信満々って感じで。
そうか、黙っているとかっこいいのか!だからうちのクラス以外では人気者なのか。杏子の言ってたことをやっと理解しました。
海馬君は、ホントによくしゃべるんだよな。ん?そういえば女子って彼氏に話を聞いて貰いたいんだって聞いたことがある。海馬と女が結びつかない理由はそれか。
オレは適当に聞いてるから、独り言なのかなぁ。難しいことを色々言ってるけど、オレが理解できないってわかってるはずだし。オレに話して、考えをまとめてるのかなと思ってる。役に立てているならいいなって。表情の変るところは見てて飽きない。かわいいし、きれいだ。
「何の話をしている」
頭をぽんと叩かれた。言葉にしちゃってたか…。
「軽食を用意してくれたが、城之内はどうする」
けっこう食べたんだけど、バターの香りがおいしそうだなぁ。
行くと返事して立ち上がると、海馬がぷっと吹き出した。
「似合うぞ。そのままシェフを目指したらどうだ」
そうだ、着替えてなかった。
モクバは、兄サマのとこに行かないと城之内の服ないじゃんって、サイズが合いそうな厨房の制服を貸してくれたんだった。
今着替えると、食事が冷めてしまいそうなのでそのまま部屋に戻った。
アフタヌーンティースタイルで、サンドウイッチやキッシュにスコーン、プチケーキが盛られている。
シェフは海馬のことをわかっているんだな。ちょっとずつつまんでみたくなる、鮮やかな色彩。これなら海馬も食べるだろう。
「配達、助かった。ありがとう。海馬が来てくれなかったら、皆でまだ配ってた」
海馬が淹れてくれたお茶を一口飲んだ後、やっとお礼を言えた。
スクーター組は雪にはまって、半分も動けなかった。まだ自転車の方が順調だったと言っていた。
「かっこよかった。自慢したかった。オレの彼氏、凄いだろって」
海馬はまだ立ってたから、腕を取って引き寄せた。
「服もありがとう。台無しにしちゃってごめん」
「洗って、乾かせばいい」
見上げると、海馬は顔を赤くしていた。素直に話すと大抵この反応だ。かわいいなぁと思う。
「冷めないうちに食べようか」
腕を離すと向かいの席に、斜めに腰かけた。赤い顔を見られたくないのか、スコーンにクリームを塗っている。
すいと皿がオレの前に置かれた。オレの分?
「オレも楽しかった。まさかここでスノーモビルに乗れるとは思っていなかったからな」
「海馬って何でも運転できるよな。それも英才教育?」
今度はジャムを塗りながら、にやりと笑った。
「さあな。あれには昔1度乗ったきりだ」
オレはちょっとびっくりした。不確かなことを言う海馬というのを初めて見た。
「城之内、スキーはできるのか」
「小さい頃1〜2回かな」
違う話を振られるとは思わなくて、また驚いた。オレの中の海馬って、1人でしゃべってるイメージなんだなと、笑ってしまう。
「今度滑りに行ってみるか?」
紅茶を飲んだ後でよかった。途中なら吹いてた。
「今からだと初級のコーチを受けるだけになってしまうから、スノーモビルをやってもいいしな」
今度は多分オレが赤くなってる。海馬が事前に誘ってくれるのって初めてじゃないだろうか。
昨日から、海馬の機嫌の行方がわからない。
オレはうんとしか言えなくて、どこがいいかと考えながら話す海馬の言葉をただ聞いていた。

2月15日土曜日  9:30
城之内は眠そうな顔をしていた。睡眠不足と雪の中での疲労、腹が膨れたせいもあるだろう。
「寝るか?城之内」
声を掛けるとびくっと肩を震わせた。
「あ…海馬だって寝てないよな。そうさせて貰おうかな」
オレは睡眠不足には慣れているのでそうでもないが。
立ち上がった城之内は、バスルームに消えていった。最近は言わなくても歯を磨くようになったのだろうか。良いことだ。ワゴンをさげるよう手配しているところへ、大きな足音を立てて城之内が戻って来た。
ソファの上、畳まれていたパジャマを手に取る。早朝に出かけた後に、オレが戻ったから清掃は入っていない。
「これ、モクバも持ってるんだろ?どうせなら3人で着て昼寝しよう!そうはいってもホントは朝だから、モクバが眠くなかったら無理には誘わないけど」
「モクバ?」
どうしてここで名前が出てくる?
「3人で川の字になって寝よう。お前のベッド広いから大丈夫だろ」
色々世話になってるし、などと照れながら(!)呟いている。黄色い頭の犬は、頭の中のお花畑にでも行ってしまえ!!
「海馬、顔色悪いけど大丈夫?」
自分の顔など知らん。心配されるということは、血の気が下がって白いのか。
とりあえずソファにと移動させられ、ブランケットを掛けてくれた。
ワゴンをさげに来たメイドに抱えられているのを見られたが、そんなことは…どうでもいい。
「海馬?」
問題はこの犬だ。説明しなければ納得しないのはわかっているので、仕方なく話した。
「あのベッドで3人は、呼んでも来ないと思うぞ。モクバは慎みをわきまえているからな」
「つつしみ…」
顔中に?マークを張り付けて、犬は答えを待っている。
遠回しではわからないか。溜息が漏れる。
「普段セックスしているところに誘って、来るわけがないだろう」
あ、と言って城之内は真っ赤になった。
オレとなら一緒に寝ることもあるが、城之内も交えてでは来ないだろう。
「ごめん」
全身から湯気が昇っていそうな犬を引き寄せて、撫でてやった。
モクバを大切にしてくれるのは、ありがたいことだと思っている。
城之内は自分のせいでモクバが寂しい思いをしないようにと、いつも気にかけてくれている。
そういうところも含めて、オレはこの犬が好きなのだろうな。ふかふかした髪を梳きながら考える。
モクバの喜びそうな企画だ。それ自体は悪くはないのだ。
「下のサンルームなら、モクバ来てくれるかな」
犬から人語が発せられるとは思わなくて、思考停止した。
まだ赤い顔を見せながら、必死に訴えてくる。つい顔がほころんだ。
「それは名案だ」
頭を引き寄せて、キスをした。
モクバに対して恥ずかしく思うのは、オレの方が大きい。恋人同士という状態に、まだ慣れない。
お前のせいにするのはやめよう。でも今は顔を見せたくないから、許してくれ。

2月15日土曜日  10:00
海馬のとこには、1階にサンルームがある。
今風のウッドデッキなどではなくて、洋館の一部として最初から建築されているようだ。
窓が高くて、普段はお茶ができるように丸いテーブルセットやソファが置いてある。
それでもまだスペースがあるくらい大きい。
そこにラグを敷いて貰って、3人で横になってみた。
海馬はブルーアイズパジャマを着用、オレはレッドアイズ。
寸が足りないと言っていた海馬は、長めの靴下を履いている。
モクバは眠くないだろうなと思っていたけど、声を掛けたら行くと一言。
現れたモクバは、あたりまえだけどブルーアイズパジャマだ。子供が着る方が、やっぱり様になってる。
海馬と並ぶとブルーアイズの親子みたいで、笑ってしまった。
最初は持ってきたゲーム機なんかをいじっていたけど、ふいに外きれいだねとつぶやいた。
庭が見渡せるように設計されているから、雪に埋もれた木々も趣があるんだなと思った。いつの間にか3人とも、日が射して溶けていく雪を見るのに窓の外を見ていた。
意外なことに、最初に眠ってしまったのはモクバだった。
普段は忙しいスーパー小学生だもんな。海馬にくっついて眠る姿はまだ幼い。
隣の海馬も、うとうとし始めた。こうして見ると、寝顔は似てるなって思う。
突然モクバの上にあった手がオレをつついた。何だろうと見ると、半眼の海馬が手を振っている。
もしかして、オレの手を寄越せかな?
試しに手を差し出すとモクバの腹の上にオレの手を乗せて、海馬の手が乗ってきた。モクバの体温と海馬の体温に包まれて、オレの意識も遠くなってきた。
たまにはこんな穏やかな休日があってもいいと思う。
今は会社にトラブルが起きませんようにと願った。

都心の積雪が45cmを越えたのは、50年ぶりぐらいだったらしい。
顔にあたる雪が痛かったのはダイヤモンドダストになるくらい、気温が低かったから。
全国の交通網の乱れや、停電した地域があったなどと聞くのは、起きてからのこととなる。

END

補足:『くさや』 魚の干物です。伊豆諸島の特産品。
新鮮な魚をワタを抜いてくさや液に漬けた後、干物にします。焼いた時に強烈な臭気を発します。




♪押して下さると励みになります♪2度目にイラスト1枚あり(絡みなし、着衣)一応背後注意★



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posted by ニノ at 16:37| 【遊】SS